So-net無料ブログ作成

同窓会と夢。(独り言) [記憶]



同級生で、
母を介して久しぶりに繋がったKちゃんが以前、電話をくれた時に


「同窓会もたまには出なくちゃ、ダメだよ。」 と云った。
そういえば

小学校卒業以来、


一度も 出てないわ。 (ぉぃ





そもそも
出られるワケが無い。

なんで 出られるの皆、って 思う。


当時のこと、忘れてるのかいな。




ワタシ : 「S先生、…まだ 生きてんの?」




Kちゃん : 「…もう お歳だから、…来ないよ。…」




「そうだよね。」



でも、確実に 彼が来ない、という保証が無い限り、ワタシは出られない。
確実に、でなければ
もしも 彼を目にしたならば

だ。


ワタシは声高に訴えるだろうし そうすれば
同窓会、自体か メチャメチャになるだろうし


どんなに 「皆に悪い、」 と思っても
それをしなくちゃ収まらない自分を


(アグレッシブにネガティブ、とはこういうことかと。)



…収束させる方法がわからない。




要するに、 「メチャメチャにしてやるぞ」 という衝動だ。




ワタシはその電話のあと、一度きり
「同窓会」 について 思い悩む自分の夢、を見た。





出るか、出ないか では無い。



出たい、という衝動と戦う夢、だ。

夢の中で





ワタシは どうあっても
「同窓会」に 出よう、そう


強く念じている。
同窓会で
懐かしい昔のフィルム、かなんかが出て
最高潮の 良いシーンになった その瞬間


ヤツの前に躍り出て。



そうして大声で 「思い出せ!!」 と叫び
ヤツの胸倉を捕まえて
(きっと少しはか弱い老人になっているだろう、今にして出来ることだが)



「思い出せ!!」 と 首根っこをグラグラさせ



それから
その後に

クラスの全員、に言おう。
「思い出せ!」 、と。


出ないと…ワタシまでも
今じゃ
「まさかワタシの妄想世界で作った記憶、じゃないよねコレ?」 と

時折思い始めているから。



第一、ワタシ、小学校時代の同級生、と
ほとんど関わらずに来たよな


(中学卒業以後はほんっっっっとに誰とも会わないわ)



アタシらは クラス 丸ごと一抱えで
アイツ(先生) の「犠牲」になったではないか。


アイツは一担任、としての立場を存分に悪用して
クラス丸抱えで 自分の「王国」 にして


好き勝手に子供たち(当時の私たち) を 嬲った
ではないか。
どうして 綺麗に忘れて
「同窓会」 なんぞ


開ける気持になれるんだ???




切迫した
衝動を 滂沱の涙と涎を撒き散らしながら  (…きたないなー)



あぁ、今こそ語りつくしたぞ、という安堵感一杯の中で



非情にも


目覚めるという夢だったんだよね (苦笑)。





そんなことを 昼間、思い思いしていたならば今度は



死んだ父親が 死んだまま付しているその床から


「にやっ」 と笑って起き上がる、という 夢を見た。
ぐはっ

その時は 「すごいじゃん」 って思ったけれど




目覚めて思い返したら 悪夢だった。
今だに 気分が悪い。



そういう夢を 見てしまった自分に、だ。
結局


昔味わった精神的な苦痛と
父親の死、という 自然で必然なこととを



「ゾンビ」 の如く関連付けてしまった
アバンギャルドな自身の脳みそに対する 怒り、かもねぇ。



ただ。

悔しく情けないことに


当時、 「こんな目に逢ってさ」、と


こんな年齢になって トウの立ちまくったオバサンになっても

語る勇気が 出ない。



ちくしょーめ。






nice!(1)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 1

コメント 4

某かんりにん

cassisさん、こんにちは。

何があったのか存じませんが、なんかとーっても共感いたします。私の小学校時代も”ちくしょーめ”♀が2匹。いまなら教師によるイジメとして糾弾される内容でございます。いるんですねぇ。そちらにも。
by 某かんりにん (2015-03-05 16:55) 

cassis

●某かんりにん さま 

教師によるイジメや体罰がフツーにあった時代でしたね。
あの教育現場の熱狂はともすれば
今のソレと対局なのに「よく似ている」、とも思います。

ワタシの担任の行ったことは、当時といえど
「犯罪」だったに違いないのですが。
立証する術にあまりにも乏しい子供たちだったのかな、と。

幸か不幸か、自らが教職課程を取る寸前まで
忘れていたのです。
結局今それを母に訴え、当時を抗議したところで
母親はずっと不幸になるだろうし
ワタシ自身は少なくとも今より幸せにはならないという結論に達し
母に対しては生涯黙ることにしました。ただ、
いつかどこかで 語ることによって平たくしてしまいたい
そういう欲求はあります。

ブログという手段を通じて語ることで、救われた部分が
大きかったので。
どんなことですら、日の目を見てしまえばナンということはないのだ、ということ。

当の担任はもう80代。襟首捕まえて糾弾する価値も無いので。

さらっと書いて、「大変だったね。」と一言、
云ってもらえる日が来たら、それで昇華、としたいのですが。

(まぁ、同窓会、は出ないでしょうケド)

絡みにくいネタでしたが
突っ込んでくれてありがとうございましたw

by cassis (2015-03-05 23:23) 

ryang

同窓会ですかー。私も一度も参加したことがありません。
みんなどうしているのかなぁ...
きっと担任だった先生はまだご存命だろうなぁ。
なんだかよくわからないままひたすら耐えた義務教育だった。
ということは確実なわけですが、...。
大人になるにつれ、大人は全員がすごくないんだな。
とは思いますが、でも子供に関わる大人には
せめてちょっとすごい大人であって欲しいなー。
とか思います。
by ryang (2015-03-08 00:59) 

cassis

● ryang さま ありがとうございます。

今の小学校だと担任の先生は一年毎替わりますね。
ワタシの当時はなんでか片寄って2.3年くらい持つことが
多かった(問題生徒がいたんだろーか)(ワタシか?)
んです。
それで、ワタシも上記担任に4~6年の実に
多感で大事な期間を持たれるっていう…
(悲劇)

当時も今も、ヤバいのはヤバいです。
(もうちょっと遠まわしに云えないかワタシ)

「信用」はしても 「信頼」 はしない
コレは聖職者を前にした個人的な座右の銘。

by cassis (2015-03-08 14:46) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。