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Nくん。 [介護・番外編]

父の葬儀が終わって二日目の事。

田舎です。
ましてウチの父の葬儀、という小さな出来事に対して
またたくま、とは云いませんけど、ごく自然に日常はその流れをいつもの域に
自然に戻しつつありました。

後弔い(本葬に来れないヒトたちの弔問) の人数もそろそろ減りはじめ、
ワタシ達も明日には自宅に戻らねば、という緩やかな晴れた午後。

裏のNくんが スーパーのレジ袋を下げ
「お父さんにお線香を・・・。」
と やってきた。

Nくん。

ワタシがこの夏、父・母の介護・入院騒動にかまけて
彼の母親が施設で病死し、ワタシは彼の家筋の本家に当たる家の長女、であるに関わらず
彼の母親の葬儀に出席しなかった。
ごめんね、のつもりで後日、ホントについでなのだが
お線香を上げに、数十年ぶりで伺った家の 次男である。

「お父さんに。・・・好きだったでしょう」

スーパーの袋に入ったものは、ごろごろ、二つ三つ、大きな「さつまいも」。
父はこれをいつもストーブで焼いていた。
ベッドに寝たきりで便秘がちな母親に、食べさせるため、だった。
さっそく仏壇に備え、おりん、を鳴らす。

Nくんは、小学生の頃から比べると2倍も大きくつぶらになった瞳で仏壇の遺影を見つめている。
「くん」、って云っても、ワタシと四つくらいしか違わない小学校時代の下級生、だ。
今は兄と2人で実家に暮らしている。
彼は、ずっと、ウチの父親とは
「仲良しだった」 のだそうだ。

「・・・お父さん、は、舌癌で舌を切ってから、ずっとしゃべれなくて難儀していたけど

オレには、お父さんの言いたいことはかなり解ったから、時々買い物とか頼まれてたんだよね。」

遺影を見つめながらNくんはとつとつと話し始めた。
彼の母親も、つい二ヶ月前に亡くなったばかりだ。
そして話題はいつの間にか彼の母親のことに及んでいく。すると堰を切ったようにN君は話し始めた。
まるで自分では止められないかのように。
話したいんだな、ずっと、誰かに話したかったんだなぁ。
ワタシは不思議と、父の遺影の前で、彼の話をただ、訊こう・訊かなくちゃ、と思った。

彼の母親が、他所からこの小さなコミュニティにやってきたこと。
彼等の父の後妻であったこと。
そのことでごく身近な親戚につらい目に合わされたこと。
父親の死後、彼等の母親が精神的に追い詰められていた事が解っていて、
幼い彼らに何もできなかったこと・・・。

数十年、ワタシがかけらもしらなかった外側と内側。
ごく矮小な単位で世界は崩壊し、彼等の目の内側から透明に再構築されてゆく。

僅かに残された彼等の「土地」 を 取り上げられ、
今住んでいるぎりぎりの土地にどうにか家があること、
そして
N君自身、

「・・・今の仕事に就くのに、役場まで相談に行ってやっと探したんだよね。」

昨今で云う 『学習障害』、で学年半ばにて当時の競争社会から頓挫せざるを得なかった彼は

しかし、単に学習する機会を、当時の環境に絶たれただけだったのではないかと思う。
現実を「把握」し、対策して行動できる彼は、ただただ環境という一要素にめぐまれなかっただけなのだ。
今は地元の菌類栽培の会社に職を得て

「社長にはすごく良くしてもらってるんだ。母さんの臨終の時にも、社長が送ってくれたんだ。」

彼は云う。

「いつの間に、俺達みたいなニンゲンには、ココは生きにくい場所になっちゃったんだよね・・・。
ずっとここで暮らしていくしかないんだけど、どうして」

「・・・ここの大人たちは、いつの間に俺達みたいなものを受け入れないようになってしまったんかね。」

「みんなはウチの兄貴を『怒りっぽい』って責めるけど、兄貴はずっと矢面に立って、すっかり疲れてしまったんだと思うよ。」

大人たち、か。・・・
アタシもアナタも、もういい大人、なんだけどね、Nくん。(笑)
・・・そう云いながら 不覚にも

ワタシは父が死んで数日来、初めて
声をあげて泣きたくなったのだ。
瞼が痛くなった。
どうして、どうして

つい昨日。
N君の父親の兄弟家から
「・・・彼等みたいな者には気をつけよ。どさくさにまぎれて、財布を狙いかねないから。」

忠告を受けていたワタシだった。

ワタシ自身、或る年齢まで生まれ育ったこの土地で

今、呼吸をするのも息苦しく感じていたこの数日。
どうして、どうして

拒む以前に 率先して傷つけるのか。

傷つく前に 誰かを傷つけるのか・傷つけたいのか。傷つけなくては
いけないのか。
・・・。


「でもね、オレは」

N君は続ける。

「でもオレは、痛い事をされても、仕返さないよ。
困っている人に、『助けて』と云われたら助けてあげる。神様はちゃんと見ているって思うからね。」

そうだね、神様は見ている・・・アタシのしたこと、しなかったことも。
ただ
「他人がなんていっても、自分達が正しい、と思った事をしようよ。アタシもそうするから」
そのくらいしか云ってあげられなかったが。

「きのうの 『きのこ』、食べてくれたかなぁ、美味しかった?」

あの肉厚のしいたけやらたくさんのきのこ類は、Nくんが社長に頼んで自社工場から持ち出してくれたものらしいのだった。他にも自分にできる事はないか、と
車椅子で移動するワタシの母親のサポートをしてくれていた。

出来る限り丁寧にお礼を云い、ずっと気になっていたことをなるべくさりげなく訪ねてみる。

「そんなに色々良くしてくれて・・・ 父だって恐縮してるよ。・・・アタシなんて、なんにも(Nくんのお母さんの時には)
してあげられなかったのにさ。」

「お線香上げに来てくれたでしょ。ウレシかったから。」

・・・たったそれだけのことが 「うれしかった。」 と
以来ワタシの父の葬儀に、ずっと影から付き添ってくれていたのだ。

来月の四十九日の時にはまた、持ってくるからさ。

・・・ありがとう。とアタシの父もそう云うだろう。口幅ったいが。

願わくは、
Nくん兄弟 の堂々と息のつける時代に そのほかの生きにくいヒト達、が
誰かに優しくされますように。
誰かに

錯覚でいい。


優しくできますように。


P1050192.JPG

秋の日・息子を撮るワタシを旦那が撮った。

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rtfk

こんにちは^^)
この歳になると自分の周囲で
自分の関係ある無しにかかわらず
ふとしたことで それまで露見していなかった事実や
押し隠していた感情などが見えてくることがあります
知らずに年齢を重ねてゆくよりも
知ってしまった 気づいてしまったことを
正面から真剣にゆっくりと
一人で
思いを巡らせたいと思うようになりました。。。
とりとめもないコメでスイマセン。。。

by rtfk (2012-11-05 13:33) 

olegon

あまり上手く表現できませんが
Nくんさんが歩んできたひとつの人生があり・・・
だからこそできる事だと思います。
穏やかで優しい風が吹く事と・・・思います。。。

by olegon (2012-11-05 21:10) 

ryang

N君、cassisさんがお線香あげに来てくれたことが
さぞうれしかったでしょうね。
私たちは「標準化してしまったほうがラクだから」という理由で
物事を単一の尺で見ようとし、流れ、評価したがります。
本当は、いろんな考え方や選び方、いろんな生き方が
あるのだと思います。

「世が世なら」という言葉があるように、そのときの
条件というか、周りの環境が今と違えば、評価も全然違っただろう。
ということはいくらでもあると思います。

N君、自分を流すことなくやってこられているのでしょうね。
いつか、錯覚ではなく、cassisさんの願いが叶えられますように...。
by ryang (2012-11-05 21:24) 

cassis

●rtfk さま ありがとうございます^-^。

自分なり真摯に、周りで起きる物事に向き合うほど
・・・なんというか、実人生って 地味ですね。
「ああ、アタシの父親の人生も、
こんな地味な物語の繰り返しだったんだなぁ」

折にふれ、(不覚にも)切ない気持ちになります。
生きていくって、誰も見てなきゃ目立たなくて、地味です。
うんざりするほど・・・。
ワタシなんかデフォルトでとりとめもないんですけど、
素手で金扉を掻くように、「伝えなきゃ」 ともがくときはあります。

だもの、とりとめなくて、イイですって(^J^)


●olegon さま ありがとうございます^-^。

Nくんの透明な目には、色んな事が見えていて
一つ一つ、平等な重さで彼の中に蓄積されていく。
そんなイメージなのです。
実際、虫や鳥の声を聴き、見えない存在を
彼はとても自由に感じています。
そして彼の中にはそれらと平等な位置に神様がいるようです。
Nくんの「神様」が、Nくんに優しいといいな、と思います。

御伽噺の「ウサギ」が「カメ」と対談したら、
だいたいワタシのような心境になるんじゃないかなぁと思うんです(笑)


●ryang さま ありがとうございます^-^。

自分ではそれと意識せずに、でも
常に自分は「戦う役割である」 と身体に染み付いた惰性で
アホみたいに仁王立ちしてるオバサン、のイメージ・・・
アタシ、自分に持ってるんですよねぇ(笑)
Nくんと喋ってると、前のめりに恐縮してます、いつの間にか。
彼が長くあの小さな場所で生きて行けたら、
けして少なくない 「弱いヒトびと」 を
優しく見守ってくれるのではないかな、と思う。

でもね、ワタシはワタシの故郷を多分、棄てるでしょう。
そしてそのことをNくんはきっと、よく判っています。
by cassis (2012-11-06 00:54) 

娘。

cassisさんの日記を読んだだけで、Nさんの心の美しさが
想像できて、伝わって、ぐっときちゃいました。
その美しさが後ろめたくて、眩しくて、人は邪険に扱ってしまうのかなぁ。

小さい頃に教わったこと。
わかっているけどできないこと。

人には優しくしなくちゃいけないよ、人が嫌がることをしてはいけないよ、
そういう当たり前だったことの1つ1つを大切に大切に過ごしているんですよねぇ・・・。

私、そういうの、1つ1つ捨ててきちゃったのかな。
by 娘。 (2012-11-08 22:14) 

cassis


●娘。 さま ありがとうございます^-^。

自分以外の誰かのことを考えて生きていると
しんどいし めんどくさいし 第一自分のことで一杯で手に負えないし・・・。
自分との距離を測って、ワタシも随分のものを捨てて来てるし
これからも・・・きっと捨てるよなぁ、と思います。
そういうものと同じ時間軸で生きている人、を見ると・・・
ホントに眩しくて、時にはうざったくて・・・。

生きてる内は、一枚ずつ、後ろめたさを放って行くしかないのかも、です。
上手く云えないけど・・・。

by cassis (2012-11-08 23:20) 

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