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猫と息子。 [記憶]

ネタに詰まったら動物と子供で、・・・それは業界のアイコトバ。

今でも大好きな写真がある。
なにかと苦労性だったワタシの猫(メス 享年18歳)は、息子が生まれて一年して旅立った。

親元に居なくて、一人で育児をしていた自分にとって

なんとなく、同士。経産猫の彼女は、なにかと心得ていたように見え・・・

息子の枕、など買って出てくれる
お人・・・ならぬお猫柄、だったのだ。

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また猫と住みたい、と思う。

でも、それは彼女を超える猫、ではないような気がする。




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三役のおじさん。 [記憶]

 いきなり、「今日から春になりました。」というような陽気です。
近所の梅、一斉に開花。
この分だと桜と同時にお花見可能な今年。風はいきなり南から生ぬるくふきだしました。
ぽかぽか陽気もつかの間、中庸無く突然の真夏日がやってくるのでしょう。北関東の季節が壊れたヒーターのスイッチみたくカチ、カチと「強」の側へ動いていきます。
それでも今日のような春の夕暮れ近くなると、「あぁ、春がきたよなぁ。」となにやらもやっとした感傷が訪れ、同時に遠い昔のこんな春の夕暮れの記憶がよみがえってくるのです。

 学生の頃、とある女子大に籍を置き、大学の周辺に林立した女子専用のアパートの一軒に住んでいました。田んぼの中にぽつんとある女子大で、パブルの振興に押されて周辺農家が土地買収のあれこれにすったもんだしており、大学敷地のすぐ隣に牛が放牧されている、といった、内情とは異なった牧歌的な風景に囲まれておりました。もちろん歩いて通える距離なので、憧れのキャンパスライフにしては周囲の事情があまりにもカントリーで地味で淡々とし、華やかさとは無縁の刺激の無い日々を送っていました。
入学してしばらくしたある夜のこと。

夜の八時過ぎでしょうか。一階の部屋の窓の外からなにやら複数の声が聞こえてきます。
「悪いのはお前だ、そうだろ?」
「・・・(小さな声)ごめんなさい」
「(ひときわ大きな声で)謝ってすむ問題じゃない、そうだろ?」
「・・・ごめんなさい、ごめんなさい」
「いや、悪いのはみんな俺なんです。」

表で喧嘩でしょうか。耳を澄ましていると内容的に三人、正確には、一人が一方的に相対する二人、を責めているようなのです。女子大生の住んでいるアパートの密集地に物騒、・・・そのくらいに思ってましたが・・・
これが、定期的に続くのです。しかもほとんど変化なく、いつも同じシナリオをなぞっているかのような喧嘩の内容で、さすがにちょっと不気味なものを感じ始めた頃。・・・
同じ棟に住む別の学部のコから聴きました。
「あのオジサン、独り、でやってるんだよ。」

聴くと、そのオジサンは近所に住む大工職人で、数年前に奥さんが愛人と一緒に出奔してしまったそうで、以来陽気の良い夕暮れ時になると、酒に酔いながら表で
「逃げた奥さんとその愛人・それをとがめて一人勝ちする自分」
を演じ続けているのだとか。・・・
別の学部のそのコも、夜な夜な続く声を不気味に思って大家さんに訴えたところ、大家さんより、そんな事情を聴いてしまったとのことで、おじさんは誰かに注意されると、もともと気の弱いヒトらしく、すぐに大人しく謝って引っ込む、けれどまたお酒を引っ掛けるとやってしまう・・・、その繰り返しなのだそう。
「・・・危害を加えるタイプのヒトじゃないから、我慢してやってくれる?」

なんだかその当時のホームシックな自分の心持と重なったか、どうかはわかりませんが、じわっ・・となんとも哀れなキモチになったのを覚えています。

以来、回数を重ねるうちに聴くほうも慣れるもので、ヒマなときはじっくり?と耳を傾けたりしたものですが、いつのまに気にならなくなって忘れてしまう、のが当時の女子大生、怖いもの無し、なとこです。

ちなみに、ホンの時々ですが、、奥さんを連れて逃げた相手の男性?の台詞が、

「・・・そうは云ってもこっちだって××ですしね」

と、『反論』しているのが興味深かったです。
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あの日。 [記憶]

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昨年の震災の翌日から三日間、取っておいた新聞を取り出して読みかえしている。
こんなに大きな見出し文字をこの先、再び目にすることがあるのだろうか。確か阪神の時、そう思った。
中越の時も、そう思った。・・・

 あの日、テレビの国会中継をつけっぱなしにしていて、そろそろ息子の幼稚園バスが着く時間だから、と、リモコンの「消」、を指が押しかけたその時、画面の中の議員がざわめきだした。「地震か」、そう聞こえた途端、停電。このあたりでは高台にある我が家も、ゆっくりと揺れだしました。
中越地震の時、前にいたアパートは結構揺れましたが、あの時の揺れとは違い、ゆっくり、ゆらーり、・・・金魚の水槽の水が、こぼれもせずにおおきくうねっていました。なんだろう、長いな、・・・・・
足元を取られるわけでもなかったので、ただ息子を迎えるために厳寒に出ました。するとお隣近所、皆んな外に出ていた。
「・・・大きかったわよ、これは。中越の時より大きかった。・・・スゴイわよ、これ」
お隣の奥様が神妙な面持ちで云いました。あー、この辺のヒト、普段あんまりゆれないから、驚いてるのかも・・・(実際このあたりの地盤は大変固い、と工事のヒトがぼやいてました。関係あるのかなぁ・・・)
そんなふうにのんきに思ってましたら、バス到着。
園のセンセイがにこやかに、
「ハーイ、〇〇くん(息子の名前)、着いたわよ~♪明日も元気に登園してね~♪」
・・バスは走っていたせいか、運転手、センセイ、園児、ぜんっぜん誰一人として地震には気が付いていないようでした。ある意味良かった。同じ頃、園に残っていた園児と先生達は、全員園庭に避難して、おののく子供達と、親が迎えに来るまで恐怖の時間を過ごしたそうです。
いちお、息子に聞く。「地震、わかったー?」「えーー♪なに、地震があったのー?」
実際その後の余震も、息子が泣くほど大きくはなくて、むしろその後夜中の三時ごろまで続いた停電のほうが息子の心に恐怖を残したようです。

一方、仕事場のビルの五階で結構な揺れを体験していた旦那様との温度差は大きく、彼は通じない携帯とメールにパニックになりながら、ワタシと息子の無事を必死に問い合わせていた、とのこと。
帰宅時、一部停電に大変な危機感を感じたヒトが多かったのか、懐中電灯用の電池がどのお店も売り切れ。
コンビニの弁当・食材も19時現在売り切れ。・・・やっと見つけたおにぎりと菓子パンを買ってきた旦那様の言。唖然とするワタシ。信号も消えて、交番のおまわりさんが出払っている状態だとか。な、なにが起こっているというのか。・・・旦那様がつけたラジオ(その時まで、そんな深刻な状況だと判っていなかったのです。またくのんきにもほどがありますワタシ)・・・M8級(発表当時)の地震が東北地方で起き、その後の津波で何百名かの行方不明が出ている模様・・・詳しい被害状況はまだ判らない、と。
懐中電灯とロウソクの明かりの中で聞くその内容は、まるでドラマか夢、のようで、全くピンと来ませんでした。その後携帯に殺到したメールの類で、少しずつ周りで何が起こっているのか判って来たのですが・・・

その真夜中、水を飲みに起きて、つけっぱなしだった居間のテレビが通電して不思議な映像を流していました。・・・なんだろう、あれは。
岩手県野田村。あーー、友達がお嫁さんにいったとこだなぁー・・・壊滅状態。・・って、なに?
なにあれ?なんで海岸があんなの広いの?

旦那様に通電を報告し、なんだか混乱したアタマでも一度布団に入りました。あー、向かいのうちもお隣も、今さっき通電したから部屋の明かりがついてるなぁ・・・

ワタシと交代で今のテレビを見ていた旦那様が突然足早に寝室に飛び込んで来ました。
「・・・大変だよっ、今さっき、実家(ワタシの)で震度6の地震があったって・・・・!」
[がく~(落胆した顔)]
人間慌てる事があまりにも沢山あると、冷静になりますね。・・・・
中越の時もそうでしたが、どうせ電話をしようにも通じない、明るくなるまで待とう、なにかがあったときに備えて朝まで体力温存しよう、ということに。

ウチの実家、も偶然地盤が固いのか?中越の時も震度6、今回も6、と計測されているのですが、実際家の中でなにかがあった、というワケでもなく・・・
(悪運が強いのです。・・・もっぱら母親が)
翌日の夕方に通じた電話で判りました。橋をひとつ隔てた地区では、ひどい被害だったようですが、折から積もった雪のせいで、実際の被害状況が判明したのはずっとあとになります。(『忘れられた被災地』などという言われ方をした地区です。)

一夜明けて、沢山のことが判ってきて、同時に沢山の疑問符が誌面、外の世界、そして自分の中にドミノ式に生じていく。それは今もって連綿と、続いていて、たぶん多くのヒトの中にもあるのじゃないかしら。

三日分の新聞を、新しいファイルに綴じました。
いつでも見れるところに置いて置こうと思います。
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猫。 [記憶]

学生時代から18年間、猫を飼っていた。
独身時代から今の旦那様まで、かぶる時期もあったので、猫が乳癌を宣告されたときと死んだときはワタシよりも泣いてくれた。
あれから七年、その間に、実家に引き取られていたその猫の子供も、奇しくも十八年目の朝、ぽくっと死んでいたらしい。

ペットはあくまでペットだ。死ぬのが哀しいからもう二度と飼わない、などとは思わないし、だからといって、次のことまで決めていない。
ペットのいない生活はラクだ。でも、表を歩いている猫を見るとどうしても立ち止まってしまう。
家族の、ではなくどうしても、猫、は「ワタシの猫」が欲しくなってしまう。

DSCF0197-001.JPGDSCF0199-001.JPG初代 アタシの猫(美猫だ。・・・)

P1000458-2.JPGその息子(血を引いている・・・美猫だ。・・・)

ちなみに遊びに来ていた知人が、「あら、可愛いー、白い猫、素敵ねー♪」といった近所の猫。

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・・・えー・・・こんなん違う[たらーっ(汗)]



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豪雪地帯 [記憶]

近頃テレビのニュースで、実家近辺が良く映ります。

地方都市の辺境。
主要産業:農業
抱えている問題:過疎化

全国区のニュースに載る理由:答え・・・・雪、が沢山降っているから。
有数の積雪量、で連日、天気予報ではなくニュースを賑わしているのです。

思い出しました。

あれはワタクシが中学生(あまりに遠い日のことでクラッとめまいがします)・・・の頃のこと。レジェンド・オブ・スノーデイズ、すなわち今でも語り伝えられる記録的豪雪。

寒波が居座って、連日の雪が続いた年のある雪の日のこと。中学校にて。・・・二時間目の終わりごろだったでしょうか。教室に校内放送が入りました。

「・・・・・・本日、積雪量が多大のため、本校は授業を午前に切り上げ。全校生徒は速やかに帰り支度を整え、担任の指示のもと、集団下校!にて帰宅のこと。なお、各家々には、本校より電話にて連絡を取る」
おごそかな教頭先生の声。
・・雪が降るからって臨時休校ってなんじゃろ、と思うも、降って沸いた半休に嬉々として帰り支度をはじめる生徒達。当時、しかし携帯もメールも無い時代、全戸家庭に連絡を取るなどという作業は並大抵なことではなかったはずでした。
そして、ほんとに只事(ただごと)ではない事態が起こっていたことをその後、身をもって知りました。

連日降り続く雪、は前の夜からピークを向かえて降り止まず、朝には走行可能だった通学バスも全区間ストップ。そのはずで、たとえどんな大雪でも、町民の生活道路は確保しなくてはならないと、『克雪』(雪に負けずに頑張ろう、という雪国独自のスローガン)の精神を具現化すべく、除雪車、ロータリー車、ブルトーザーまでが一斉出動。道路という道路をめぐり、除雪。除雪・・・・。

その後に残されたのは、道路両脇にそびえたつ雪の壁:高さ6ーメートル!
なぜ集団下校なのか。答え・・・単独は危険だから。

本来ならパイプから消雪用の水が出ているはずの道路は、圧雪で真っ白。
灰色の空からは降り止まない牡丹雪が埋め尽くすばかりに降り続いて真っ白。
両脇の壁は言わずもがな、6メートルの新雪で真っ白!

・・まさしく、ホワイト・アウト状態。つまり、単独歩行は遭難の危険を伴う!という学校側の配慮であったのです。
(念のため言い添えますが、すべてノン・フィクションです。)

小学生以来の集団下校が始まり、最初はなんとなく恥らったりして?照れくさそうに歩いていた中学生たちも、だんだんと顔つきが真剣になって来ました。
どうして各自の家に連絡が必要だったのか。・・・そのはずです。
6メートル雪の壁に阻まれ、なんと、自分の家の玄関が見えません!
雪が、軽く家の屋根を越しているわけですから、自分の家が判りません。何メートルか道路を歩いて、家人が外に迎えに出ているのを確認して、やっと帰宅完了、となるわけです。
わずかに見える電信柱の頭、を数えている者もいましたが、特殊部隊じゃあるまいし、そんなことをしても意味が無いことに気づいたのか、やがてただ黙々と、うつむいて歩くだけになってしまいました。
中には気の弱い子は半狂乱になって「オレんち、どこだよーぅ[たらーっ(汗)]」と叫ぶ男子も。・・・八甲田山・死の行軍、です。
家の玄関を通り過ぎた者までいました。内側からの除雪が間に合わず、閉じ込められた状態の家族を救うべく?自分で壁を掘り進んでいく果敢な子もいました。
ワタクシ自宅まで歩くこと二時間・・・・もういい加減頭の中で何かが呼ぶ声が聞こえそうになったころ、ボコっ、と(おそらくここが自宅の近辺じゃないか、と思えたあたりで)、父親がスコップで雪を突き崩して
「お帰り」・・・と。
(この当時、通学途中で雪崩!にあって遅刻、という猛者?が本気で居たんです)

温暖化が囁かれ始めて以降、積雪量は徐々に減少傾向にあり、ここン十年ほどは、お正月に初売りに出かれられる!という温暖でのんきな年が続いておりましたが・・・
それでも思い出したように豪雪地帯はその本質を現します。以下、うちの息子が生まれた年、七年前の1月の写真ですちなみにこの当時の積雪量は約4メートル。上記のお話の参考になりますでしょうか。
南の生まれのマイ・ダーリンは、この時、何かを本気で後悔していたのかもしれません・・・・・。
DSCF0829-3.JPG
冒頭に戻りますが、「雪はどうだ」と実家や友人に問い合わせたところ、「・・・疲れるよー」と。
連日の雪下ろし・除雪作業は徐々に従事者のHPを奪います。
災害というカテゴリーで捕らえるなら、雪が降る、から大変というより、除雪に携わるヒトがいない、という問題が、具現化しています。
過疎の村、あるいは昨年の地震で過疎化に至った村、高齢者世帯ばかりの村、こういった根本原因を据え置くと、、『克雪』のイニシアチブをすら危うくしかねないのでは、と思います。
魅力のある町を作る、産業が流入しやすい町を作る。等々、課題は雪のごとく山積まれているのです。
そこから出奔?している身の上では、エラそうなこともいえませんね。
DSCF0827-1.JPG
さておき、我がふるさとの町がこんなこと(=雪)ででも、パブリックな地位をもっと確立しても良いかと。
ワタシは、見たことありげなお年寄りが画面に映ると、思わずこぶしを握って応援したくなる。頑張れ、おじいちゃん。

[こんな雪、生まれて初めてだ」
・・・いや、おじいちゃん。生まれて」・・ってそれはチョット・・・
(・・・カーーーッッット!)

画面に映る役場の周囲は積雪3メートル、「今にも崩れそうな雪の壁です!」。・・・危ないぞ、リポーターのお姐さん。

・・・でね。
・・・良ぉぉく目を凝らして見ると、チラッと写る周囲の住宅は、・・・キチンと雪が除けられいて、キレイなものです。どっこいまだまだ強い、と思います。雪国は。
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『鳥追い』 [記憶]

朝から、雪です。

関東では昨年より少し後れて、初雪、だそうです。
旦那様はスタットレスをはいた車に乗り換えて出かけてゆきました。
降り続いているけど、寒くは無いので、明日には消えてしまいそうです。
昨日、テレビ番組で、実家近くの冬の行事、『鳥追い』の様子が映されました。
今年は東北の被災地の子供たちも招待して、この伝統行事が盛大に行われたようです。

『鳥追い』:本来はその年の豊作を願って、『鳥』=作物に害をなすもの、動物、疫病その他災厄をあらわす、それらを子供たちに「追わせる」ことにより、集落=コミュニティーの外へ追い出す儀式により、一年の幸を願う。

テレビに映った集落はきちんと伝統にのっとって「鳥」を子供たちが追い出してました。
拍子木を打ち、歌っては家々を廻り、お菓子をもらう・・・あれ、なにやらハロウィンのような。(笑)

ワタシの子供の頃にもありました。
といっても上のようにきちんと伝統にのっとってやるものではなく、ただ雪の室(むろ)をこしらえて、子供たちはその中で食べたり遊んだり、また他所の室(むろ)に出かけていってお菓子を交換したり・・・。
いわゆる 「かまくら」です。

実家の雪質からして、秋田のような山を築いてそれを掘る=横穴式、だと、重みに耐え切れず、かまくらは壊れてしまいます。実際、そのような事故も多く、毎年時期になると、小学校ではなんとプリントでかまくら作りの注意!(笑)が出回るという。・・・・

したがって実家のかまくらは竪穴式(笑)
おおきなドームをまず作り、それを上から掘っていって、次に横穴を空けて出入り口を作る。
最後に上の大穴をムシロ等で覆い、・・・・・・
(この辺でなんかもう風情も何もふっとぶんですが)

中はなかなかあたたかくて広く、子供5~6人は気合を入れて作れば余裕で入れます。ストーブなども置いて、中でお餅を焼いたり、お雑煮・おしるこなども作れます。コタツも置いて、ちょっとしたワン・ルームの風情すら。
下級生、上級生問わず、近所の子を集めて、トランプやゲームに興じました。
高学年まで、やってたなぁ・・・・・。
設営する場所、は家の敷地内でした。
子供にとって夜、はいつでも未知の世界、でしたから、おおっぴらに遊べて、まして夜、他人の家に遊びに行く、なんてことは普段めったに無いことでもあり、雪の夜の静けさもあいまって・・・ちょっと特別な夜、だったことを覚えています。
夜空は碧い冬の空。吸い込まれるような天井にオリオン座。

それにしても、テレビでやってたあちらさんは正統派『鳥追い』
わりと近い場所である実家では・・・「かまくら?」(笑)
(歌なんて知らないもん。何のためにやるのか・・・・だって知らなかったし)(笑)

負けないくらいに田舎、なんですけどね。

ああいうものって、キチンと守り手がいないと、駄目なんですね。
↑テレビに出ていた主催者の方が、
「これを機会に、招待した被災地の子供たちにも『鳥追い』の存在を知って、覚えてもらいたい」
とおっしゃっていた。同感。

担い手は、何も地域の子供たちばかりでなくて、いいんですよね。


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思い出したこと。 [記憶]

母親を喜ばせたくて、小さな頃、大体の子供がするように、プレゼントを贈った。
別に誕生日、とかセレモニーに限定したわけでは無い。
大体、セレモニーなどする家ではなかったし。誕生日、とか、クリスマスとか、ずいぶん大きくなった頃ねだって無理やりした記憶はあります。

幼稚園とか、小学校とか、母の日になると「お母さんにプレゼントしましょう」って
何か作らせたり。
作ってる最中は、それなりに子供だから、色んなことを思い巡らせています。喜んでくれる顔を想像したり。
そして

予想は裏切られます。
「こんなもの、ちっとも良くない」

「ゴミだねぇ、」と。

こういうとき、子供は傷つくに至る道すら探せないのですね。
「だよねぇ」(笑)

母がいうのだから間違いなく、こりゃみっともないんだ、と。笑うしかないのです。

つまりワタシは、母に贈り物をして喜んでもらったことが無い。だからといってよその子が母親に何かを贈って喜ばれた、という話しが母親の耳に入ったりしたら
それはもう・・・・・(・_・;)

そんなこんなでン十年。

割と最近、どうにも許せないことがあり、積年の恨み?が噴出したのです。

母の日に、カップに入ったプリザーブドフラワーを贈ったんです。
小さな可愛らしい感じの。
しばらくして届いた旨の電話と、

「小さいねぇ、・・・・アンタって、ケチよねえ」
というお言葉と。

大人になっても笑うしかない、不肖の娘です。
そのあと父の日に、しばらく前まで実家で大事に飼っていた猫のポートレートを引き伸ばして額装して贈りました。父が欲しがっていたので。
・・・母から電話がありました。まぁ、最近は父も喋りが不自由になったので、電話はもっぱら母親が代わりに受けたりかけたり。

「可愛いけど、死んだ様子を思い出して辛くなるから飾りたくないわ」
・・・

一連の贈り物がことのほか気に入らなかった様子で、ちょっと身辺でも雑多なことを抱えていた時期でもあるので今度は、自分の気持ちを守る意味でも、無難なものを贈ろう、と決めていました。
東北で震災の被害があるちょっと前のことです。

時期的に良くなかったかも、とは後になって思いもしましたが、・・・静岡茶、がその時は一番無難でベストな選択だと思いました。
ネットで、新茶を探してオーダーしました。

地震後しばらくして連絡がありました。総じて二度ほど。
一度目は、
「このお茶、放射能は大丈夫なの?」

二度目は
「なんか新茶の香りがしなくて、お客様に出せなかった」

で、アタシもキレた、というわけです。上記下線部そのまんま、キレました・・・・・・以下・母親のお言葉。

「だったら贈らなければいいじゃない、アタシはただ、あんたが同じメーカーのお茶を、ほかの誰かに贈ってたら困る、と思って親切で云ってるんだから。ホントに親の気持ちのわからない子だよねぇ」

・・・わかるかーーいっっっ[むかっ(怒り)]

もちろん・・・キレ切り?されました。
アタシはこの件以来、母親に贈り物をするのはやめよう、と思って今に至っていますが、母親のほうも、娘に口答えされたのがよほど腹に据えかねたのか、帰省するたびごと、冗談めかしてお茶の話をし、
「そういえばお前のくれたお茶の匂いのしないことったら、近所の人にも飲ませて確認してみたけど・・・」

『ワタシハゼッタイニタダシヒ』

笑うしか無いことです。
ここで吐き出したから、笑って忘れよう、そう思います。

これって、嗤い、なのかな。
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